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香取大海夏 〜努力の先にあるもの Vol.3〜

ヘアメイク総選挙の優勝者はその後どんな人生を歩んでいるのか、気になる読者も多いのではないだろうか?今回紹介するのは、記念すべき第1回目のヘアメイク総選挙の優勝者である香取大海夏。これを読めば、優勝したことが偶然ではなく必然だったことがわかるはずだ。今まさに大きく羽ばたこうとしている、香取大海夏の「過去」「現在」「未来」に迫る。(敬称略)

ヘアメイク総選挙

香取は、第1回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙の優勝者でもある。いわゆる、初代チャンピオンだ。

「インスタグラムで応募ができるという手軽さに魅力を感じて、応募してみたというのがきっかけです。確か1年生の9月ぐらいだったと思います」

最初から優勝を目指して参加したわけではなかった。

「そろそろ作品撮りをして、スタイルブックを作って色々と撮影にも慣れていかなければならないと思っていた時期だったので、タイミング的にもちょうど良いと思って参加しました」

何気なしに参加した初めてのコンテストで、香取はなんと優勝という偉業を成し遂げた。

「優勝した時は本当にビックリしました。あんまり現実味がなかったというか、実感がなかったですね。賞金10万円の半分は貯金して、残りの半分は長く使える良い物を買おうと思って、GUCCIの財布を買いました(笑)」

歴代優勝者は、その実力が認められてかほとんどが自身の希望サロンに就職している。全員に共通しているのは、徹底的に自分で考えるというその姿勢である。

「自分が参加した時のテーマが「ニュージャパンストリート」だったのですが、そのテーマに沿った作品を投稿するのが大前提で、かつ他の作品と被らずに、目を惹きつけるような色彩だったりモデルさんだったりすると良いと思います」

美容学生へのメッセージ

コロナ禍でも頑張って美容の道を極めんとする現役の美容専門学生に対して、メッセージをもらった。

「SNSは学生のうちから絶対にやったほうがいいと思います。美容師になってからやるというのではなく、美容学生のうちから自分のファンを持っていたほうが、美容師になってモデルさんを募集したり入客する上でも非常にやり易くなると思います」

もはや、美容師にとってSNSは切っても切れない存在になっており、学生のうちから慣れておく必要があるのは周知の通りである。

「自分もそこまでフォロワー数が多くないので偉そうなことは言えませんが、どちらかと言うと自信がないタイプだったので、人に認めてもらうことで自信を付けたかったというのがあります。なので、自分が好きなものをどんどん投稿していました」

結果的に、香取の投稿に共感するフォロワーが徐々に増えていき、自分に自信を持つこともできた。

「自分が好きだと思う写真を上げるのが一番良いと思います。共感者を増やすというか・・・。もし自分がファッション好きなら、ファッションに関する投稿をたくさんしてそれに共感してくれる人を増やすのが良いと思いますね」

学生時代にやっていたヘアセットのアルバイトも、現在働く上で非常に役に立っている。

「やはり、スタイリングに慣れておくことが大切だと思います。私自身がヘアセットのアルバイトをしていた経験があるので、アシスタントの中で自分だけ最後のセットを任せてもらえることがあります。こういったことはやってて損はないし、むしろプラスになると思います。限られた時間をどう将来に繋げられるかを考えて、学生時代を過ごしてもらいたいですね」

未来

スタイリストになるために、DaBで毎日研鑽を重ねる日々。自分が想像する理想的なスタイリスト像に近付くための努力は、決して惜しまない。

「DaBはカリキュラムもしっかりしていますし、練習も細かく見てもらえます。技術を身につけるには最適な場所だと改めて感じています」

日本を代表する技術力を誇るサロンで働くことの意味を、誰よりも理解している。

「アシスタントのうちに学べるものは全て学んで、自分がどんな強みを持ったスタイリストになるべきかを、アシスタントのうちから考えています」

あまり先のことは考えてない。今はただ目の前の目標を達成し続けることのみを考えている。

「美容師としてこう成功したいとか、具体的にこうなりたいとかはないのですが、自分がその時やりたいことをできるようにするために、今できることをやるという事を心掛けています。あやふやなまま進むのではなく、個々の技術を確実に吸収していくのが身近な目標ですね」

美容師は、まさに香取にとって天職である。

「自分が提供したもので相手の反応が直接見えて、なおかつそれに感謝してもらえるのが美容師という仕事だと思います。提供する側の自分と提供される側のお客様で直接やりとりができて、評価されると更に広がってまたお客様が来てくれる素敵な職業だと思いますね」

毎日の努力の積み重ねにより、確かな技術力を身に付けながらスタイリストに向けて前進している香取。大きく羽ばたくその日は、もう目の前に迫っている。今後の彼女の活躍からますます目が離せない。

ヘアメイク総選挙の優勝者はその後どんな人生を歩んでいるのか、気になる読者も多いのではないだろうか?今回紹介するのは、記念すべき第1回目のヘアメイク総選挙の優勝者である香取大海夏。これを読めば、優勝したことが偶然ではなく必然だったことがわかるはずだ。今まさに大きく羽ばたこうとしている、香取大海夏の「過去」「現在」「未来」に迫る。(敬称略)

美容専門学校

原宿にあるベルエポック美容専門学校を受験することに決めた香取だったが、当時はすでに7月。第一次の願書の応募期限ギリギリだった。

「最初はヘアメイク科に入学して、そこで美容師免許を取得しようと思っていました。しかし、その時はすでに定員が埋まって応募が締め切られていました」

ヘアメイク科は諦めて消去法で美容師科を受験し、見事合格を果たした。

「当時は、将来美容師になりたいとかそこまで決めていたわけではなく、美容系の仕事に携われたらいいなという漠然とした感じでした。ただ、ヘアメイクアーティストになるにしても、最低3年間は美容師を続けないと良い事務所に入れないというのは聞いていたので、まず美容師になろうと考えていました」

美容室やヘアセット、焼肉屋でのアルバイトをしながら専門学校に通った。焼肉屋でのアルバイトは、接客を学ぶのに役に立った。

「アルバイトしていた焼肉屋さんは、表参道にある高級なお店でした。どうせ働くなら何か学べる方がいいと思って、接客業を学ぶためにそこでアルバイトをすることにしました」

DaB

時は流れ、やがて就職活動を開始する時期に差し掛かった。当時の香取が働きたいサロンは、一つだけだった。

「高校生の時は、ある美容室で働きたいと思っていたのですが、1回その美容室に行った時に何か自分と違うなと思って・・・。そこから色々な美容室に行きました。そして、初めてDaBに行った時に、自分の汚かった髪色を1回の施術でワントーンの淡いピンクにしてもらったことがありました。その技術力にすごい感動して、DaBで働きたいと思うようになりました」

入りたい美容室が明確になり、いよいよDaBに入社するための就職活動が始まった。

「DaBの会社説明会は2月の中旬にあって、書類の締め切りが3月の中旬でした。なので、1年生の間に書類を出す必要がありました」

3月の中旬はちょうど学校も春休みに差し掛かり、履歴書の添削をしてもらう機会も必然的に減ってしまう時期だった。

「自分的には履歴書の作成などあまり苦手ではなかったので、そんな苦ではありませんでした。高校生の時から将来自分が行きたいと思う美容室に絶対に入ろうと思い、美容室でアルバイトをしたりして接客やコミュニケーションのスキルなどを磨いてきたので、なんとしてもDaBに合格するつもりでした」

そんな努力の甲斐もあり、香取は見事第一志望のDaBに合格した。

社会人

ベルエポック美容専門学校での2年間は、あっという間だった。

「2年間の学校生活はもちろん楽しいことだけじゃなくて、ちょっとした辛い思い出もなくはないですが、今考えるとすごく楽しかったですね」

ベルエポック美容専門学校を卒業して、ついに社会人としての新たな生活が始まった。

「美容室でアルバイトをしていた経験から、正直そんなにすごくキラキラした世界ではないというのは分かっていました。いざ入社してみると都内のトップサロンならではの、他の美容室とは異なる独自のこだわりがあるのを感じました。技術やお客様への接客ひとつとっても、スタイリストによって全然異なると実感しました」

入社当初は、コミュニケーションの取り方に戸惑うこともあった。

「中高と上下関係が厳しい部活だったこともあり、その環境のせいなのかスタイリストの方やアシスタントの先輩と距離が遠いと言われることがありました。最初の頃は、コミュニケーションの取り方というか、距離感を模索しながらやっていた感じですね」

入社当初はDaB代官山店に配属され、それから半年後に表参道店に異動になった。

「表参道店にきて、ようやく先輩との程よい距離感が分かってきました。今は毎日が本当に充実しています」

続く

ヘアメイク総選挙の優勝者はその後どんな人生を歩んでいるのか、気になる読者も多いのではないだろうか?今回紹介するのは、記念すべき第1回目のヘアメイク総選挙の優勝者である香取大海夏。これを読めば、優勝したことが偶然ではなく必然だったことがわかるはずだ。今まさに大きく羽ばたこうとしている、香取大海夏の「過去」「現在」「未来」に迫る。(敬称略)

器械体操

香取の生まれは神奈川県の川崎市。会社員の父親と専業主婦の母親のもとで育った。小学生時代は、ダンスとピアノと英会話を習っていた。

「割と表現することが好きでした。英語とピアノは2歳ぐらいから親が習わせてくれて、ダンスは自主的に始めた感じです。」

中学生時代は、器械体操部に所属していた。

「いろいろな部活があって何にしようか悩んだのですが、アクロバットができたらいいなと思って、ちょっとした好奇心から器械体操部に入りました(笑)」

アクロバットをやりたいという軽い気持ちで入部したものの、顧問の先生が厳しく理想とは異なる現実がそこにあった。

「礼儀とか先輩後輩との関係を徹底的に叩き込まれた感じですね。けっこう厳しかったです」

ダンス

中学校を卒業した香取は、地元の公立高校に入学した。

「高校ではダンス部に入っていました。自分の時でまだ4代目という、できたばかりの若いチームでした。ダンスは外から見るとどうしてもチャラく見えるということで、先輩たちがそれを改善するために非常に細かい部則を作ったりしていたので、意外と厳しかったですね」

香取が通っていた高校は地元の進学校だったため、周囲の友達は大学進学を目指していた。

「高校時代は特にやりたいこともなかったため、自分も将来は大学に進学しようと漠然と考えていました。最初のうちは美容師になろうとかも、特に考えていなかったですね」

当初は友人たちと同様に大学進学を考えていた香取だったが、ある出来事が自分の将来を決定付けた。

「もともとメイクとか人の髪の毛をいじるのが好きだったのですが、校則も部則も厳しくて思うようにできませんでした。そんな中、高3の最後の大きなダンス大会の時に、「ヘアメイク全部やっていいよ」と仲間が言ってくれて、チームの子全員のヘアメイクを私がやりました」

ヘアメイク

最後の大会で、香取は同じダンスチームの仲間全員のヘアメイクを担当した。これまでやりたくてもできなかったヘアメイク。自分の道を決めるには十分過ぎる体験だった。

「もともとファッションだとかメイク全般に興味があったので、自分の好きなことができる仕事の方が楽しいだろうなと思いました。このまま大学に進学して目的もなく4年間大学に通うよりも、2年間で自分の手に職をつけたほうが将来的に役に立つと思い、美容師もしくはヘアメイクの道に進もうと決めました」

美容の道に進もうと決意した香取だったが、当時はすでに高校3年の春だった。大急ぎで専門学校を決める必要があった。

「高校3年の4月から、オープンキャンパスに行き始めました。最初は美容免許が取れる短大に行く予定でした。大学に行かないならせめて短大ということで、そこのオープンキャンパスに4回ぐらい行きました」

意中の短大を受験することをほぼ決めていた香取だったが、友達の付き添いで行ってみたベルエポック美容専門学校のオープンキャンパスに衝撃を受けた。

「幼なじみがベルエポックに行くというので試しに一緒に行ってみたのですが、こんなに学校って違うものなのかと衝撃を受けました。ベルエポックは授業以外の様々なイベントがたくさんあって、どうせ2年後に社会人になるのなら勉強や国家試験のことだけというよりは、楽しく学校に通えるほうが良いのでは?と思って、1回のオープンキャンパスでベルエポックに行くことに決めました」

続く

もはや説明不要の人気サロン「MINX」において、得意とする前髪カットを武器に顧客から絶大な指示を受けている若手美容師がいる。今注目の新進気鋭のスタイリスト「鈴木杏奈」の、過去・現在・未来に迫る。(敬称略)

Instagram

スタイリストデビューして、約2年半。MINXのスタイリストランクの最上位「ディレクター」に昇格した。自分が思い描いていた通りになってきていることを実感している。

「今のところ、順調にきていると感じています。コロナでお店も2週間の自粛期間があったのですが、その後にお客様が増えて嬉しかったですね」

1万人近くのフォロワーを抱える、鈴木のインスタグラム。投稿を見たフォロワーが実際にサロンに髪を切りに来るほど、現在ではSNS上でも絶大な影響力を有している。

「最初はインスタで既に集客している他の人のページを見て、その真似をすることをずっと続けていました。ビフォーアフターが集客に繋がると聞いたのでそれを始めたら、すぐに集客につながりました。とにかく最初は真似してという感じでしたね」

成功事例の模倣から入り、自分なりに分析した。

「最初は自分のオリジナリティを捨てた方が良いと思います。とにかく自分のターゲットを絞って、私だったら前髪カットや顔まわりなのですが、そのインスタで成功している人を何人かピックアップして分析して取り入れていくべきだと思います」

鈴木も最初から今のスタイルを確立できたわけではない。

「自分の色はやっているうちに出てくるので、最初は成功事例を真似してみることが大切だと思います」

学生時代にやっておくべきこと

仕事柄、美容学生と接することも多い鈴木。美容学生のうちにやっておくべきことを教えてくれた。

「美容学生のうちに、人との繋がりを作っておいた方が良いと思います。誰でも良いので、例えば学年で友達をたくさん作るとか、ファッション科など違う科の友達を作るとか・・・。人との繋がりがあればあるほど、大人になった時に有利になると思います」

鈴木自身、学生時代の友人に何度救われたか分からない。

「それと、自分がもし学生だったら絶対にインスタやっていますね。今は美容学生でも3〜4万人のフォロワーがいる子もいますし、美容師になって1年目でまだアシスタントなのに、セミナーをやっている人もいます」

SNSのお陰で、これまでは不可能とされてきたことが可能となった。これを使わない手はない。

「インスタだけじゃなくて、YouTubeやTikTokなど何でもいいと思うのですが、何かひとつ強いSNSがあると良いと思います。SNSは非常に大切だと思いますね」

未来

大きな夢があってここまで辿り着いたわけでもなく、大きな夢を全員が最初から持つ必要もないと鈴木は考えている。

「私には高校生の弟がいるのですが、夢がないことに悩んで落ち込むことがあるようです。私が美容師で自立していて、妹は社交ダンスのアマチュアトップで活躍しているので、余計にそう感じてしまうのかもしれません。このような悩みは、美容学生やお客様からもよく聞きます」

鈴木の経歴から、一見すると常に大きな目標を立てて、それを実現するべく努力を重ねるタイプかと思いきや、実はそうではない。

「小さな目標を決めて、少しずつ叶えてステップアップしていくと、大きな夢が見えてきたりします。大きな夢をみんなが持つ必要はないし、それは重要ではないと悩んでいる方には伝えたいですね。そこで疲弊してはいけないと思います。美容学生なら学校に休まず通うとか小さな目標を決めて、徐々にステップアップしていけば良いし、大きい夢はあってもなくてもどちらでも良いと思いますね」

高校生の時にあれほど憧れたヘアメイクアップアーティストになる夢は、いつしか消えた。今は美容師でいることが何より楽しく、そしてそれを誇りに感じている。

「美容師とは、人をすごく幸せな気持ちにできる仕事だと思います。先週、自分で前髪を1ミリくらい切ったのですが、それだけですごく嬉しい気持ちになって、外に出掛けたくなりました。普段は10分1000円で前髪カットをするのですが、これまでは「1ミリ切るだけでお客様はいいのかな?」と思い悩む瞬間が何度もありました。でもそうじゃなくて、「1ミリ切るだけでも、みんなこんな気持ちになっていたんだ!」と分かり、自分はすごくいい仕事をしているなと改めて実感しました」

専門学校時代は、ヘアの授業が一番興味なく苦手だった。それが、今ではカットが大好きになっている自分がいる。

「今はヘアメイクよりも美容師の方が楽しいですね。毎日、お客様に「ありがとうございます」と喜んでいただけるので、うれしさが日々積み重なっていく感じです。この先も、お客様にとって唯一無二の美容師でいられるように、がんばって努力していきたいと思います」

今日もまた鈴木のカットで、誰かが幸せになっている。

もはや説明不要の人気サロン「MINX」において、得意とする前髪カットを武器に顧客から絶大な指示を受けている若手美容師がいる。今注目の新進気鋭のスタイリスト「鈴木杏奈」の、過去・現在・未来に迫る。(敬称略)

バンタンデザイン研究所高等部

バンタンデザイン研究所高等部の入学試験に合格した鈴木だったが、1枚のハンカチをデザインするという試験にすっかり自信を喪失し、なんと入学を辞退してしまった。しかし、バンタンの先生の説得により考え直し、結果的に入学することに決めた。

「バンタンでは美容師免許の取得ができなかったので、提携している学校で美容師免許を取得するための勉強を並行して行い、さらに高卒の資格を取るための勉強もしていました。トリプルスクールの状態でしたね」

毎日1時間以上かけて、拝島の自宅から恵比寿にある学校に通った。ついに自由を手に入れた鈴木は、中学生の時にしたくてもできなかったことをした。

「学校は1日も休まずに真面目に通いましたが、見た目は派手でした。今考えるとすごくへんてこりんな格好をしていましたね(笑)」

充実していた高校生活も3年目を迎えた。最初の難関である美容師免許の試験には無事に合格し、やがて就職を考える時期に差し掛かった。

「最初はヘアメイクアップアーティストになろうと思っていました。映画や芸能人のメイクをやりたくて・・・。なので、安室奈美恵さんのヘアメイクをされている方の事務所を受けたのですが、なんと合格しました」

念願のヘアメイクアップアーティストへの第一歩を踏み出したかのように思えた矢先、事態は思わぬ方向に進み出した。

「当時の私は18歳だったのですが、その事務所の方が私の年齢をしっかり見ていなかったようで、年齢が若すぎるということで合格が取り消されてしまいました」

MINX

まさかの年齢制限による内定取り消し。しかし、ここで立ち止まっているわけにはいかない。今から入れるヘアサロンを探した。

「内定を取り消された会社から、「美容師経験を3〜4年積んで、コミュニケーション能力を身に付けてからこの業界に来た方が良い」と言われたので、だったら大手の美容室で一度働こうと思いました」

大手の美容室をいくつか受けて、最後に受かったのがMINXだった。MINX原宿店に配属され、いよいよ社会人としても新たな生活が始まった。

「スタイリストデビューをした当時はカラーを売りにしていたのですが、店舗でほかにも推している方や上手な方がいて、自分の売りを模索していました」

自分の売りはなんなのか?悩み続ける毎日の中で、鈴木は鏡に映る自分の前髪を頻繁に気にしていることに気付いた。

「他にうまい美容師はたくさんいるけれど、私は前髪に強いこだわりがありました。自分が悩んでいるからこそ、同じように悩んで気にしているお客様の気持ちが分かりますし、もっと可愛くしてあげられると思って、自分は前髪カットを売りにする事にしました」

前髪カット

昨年の緊急事態宣言中に店舗が休業していたこともあり、そこから鈴木は様々なコンテンツを作りインスタで投稿を続けていた。すると、緊急事態宣言明けから徐々に反応が出てきた。

「今は月に30人程のお客様が、新規指名で来てくれています。それが1年続いているので、400人程の前髪にコンプレックスを抱えているお客様を救えたと思います」

鈴木のもとを訪れるほとんどの顧客が、その後も継続して来てくれる。そして、きっかけは前髪でも、そこから信頼感が生まれて全体のカットやカラーなども任せてもらえるようになる。

「前髪だけで美容室に来られる方は慎重派か、もしくは担当の美容師に思い通りにしてもらえなかった方が多い気がします。他の前髪カット推しの美容室で失敗されてしまった方なども、たくさんいらっしゃいますね」

鈴木は、顧客のこうなりたいという具体的なイメージや気持ちを汲んだデザインにすることを心掛けている。

「気持ちを汲んでくれるということで、お客様の癒しの場になっているのかもしれないですね。遠方から来てくれたり、結婚式やデートなど大事な日に合わせて来てくれたり、DMでお礼をもらえることも多くて、その人にとって唯一無二の美容師になれていることがうれしいです」

続く

もはや説明不要の人気サロン「MINX」において、得意とする前髪カットを武器に顧客から絶大な指示を受けている若手美容師がいる。今注目の新進気鋭のスタイリスト「鈴木杏奈」の、過去・現在・未来に迫る。(敬称略)

人間関係

鈴木は東京都昭島市の拝島出身。小学生の頃から、地元にあったフットベースボールのクラブチームに所属していた。

「小学校4年生の時から、3年間位やっていました。仲が良い友達がやっていたので、それで自分も始めたという感じですね」

地元の中学校に入学した鈴木は、陸上部に所属した。

「最初はバレーボール部だったのですが、人間関係が辛くて辞めました。走るのが得意だったこともあり、陸上部に入部して幅跳びとか短距離とかやっていました。ただ、どちらかと言うと内申点が下がるのを避けるために、嫌々ながら続けていた感じですね(笑)」

当時鈴木が通っていた中学校では、いじめや陰湿な嫌がらせが流行していた。

「いじめていた子に目をつけられるのが嫌で、当時は怯えながら生きていました(笑)。中学生活は楽しかったのですが、その子ひとりにはずっと怯えて過ごしていた感じですね」

進路

当時の中学校で流行っていたいじめや陰湿な嫌がらせに、鈴木も巻き込まれたことがあった。

「3年間その子に会うたびにいつも睨まれたりとか、ジメジメやられていました。私自身はちょっとスカートを短かくしていたくらいで、特に目立つこともしていなかったのですが・・・」

やがて進路を決める段階に差しかかり、鈴木は美容専門学校に進学することに決めた。自分のやりたいことがあるのに、それができないというストレスから一刻も早く解放されたかった。

「通っていた中学校では校則があったので、自分がやりたい美容とかを自由にできませんでした。なので、もっと自由に色々やりたいとずっと思っていました。それと、狭い人間関係から早く離れて、当時強い立場にいた人達を見返したかったという思いもありましたね」

自信喪失

高校ではなく美容専門学校に進学することに、両親は特に反対しなかった。

「むしろ父親が、雑誌の後ろに掲載されていた美容専門学校を勧めてくれました。すごく協力的でしたね」

高校を卒業した鈴木は、恵比寿にあるバンタンデザイン研究所高等部のヘアメイクアップアーティスト科への進学を希望していた。

「当時はニューヨークに行きたいと漠然と思ってたのですが、修学旅行がニューヨークと書いてあったので、いいなと思いました(笑)。それと、ちょうど1期生だったということもあり、ちょうど良いタイミングだなと思いました」

バンタンデザイン研究所高等部の入学試験は、1枚のハンカチのデザインをすることだった。

「その試験で、すっかり自信をなくしてしまいました。自分には才能あるのかなと、疑問を持ってしまいましたね」

結果的に試験には合格した鈴木だったが、すっかり自信を喪失してしまった。そして、あろうことか入学を辞退してしまった。

続く

STYLE LABが主催している「全国美容専門学生ヘアメイク総選挙」。歴代の入賞者は、現在どのような人生を歩んでいるのか?今回は、第3回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙で見事1位を獲得した、渡部珠生の現在地に迫る。(敬称略)

社会人

ついに社会人となり、念願のkakimoto armsでの新生活が始まった。現在の肩書はジュニアカラーリスト。就職活動中にkakimoto armsに行った際に、カラーリストになりたいと思ったからだ。

「社会人になって、毎日刺激を受けています。ここでの生活に全てが詰まっているというか・・・。毎日が非常に充実していますね」

カラーリストにとって刺激的で働きやすい環境があったことにも驚いた。

「カキモトアームズではスタイリストとカラーリストが分かれているため、コラボレーションして仕事をするので非常に勉強になりますし、すごくいいなと思います」

コロナ禍により練習時間の短縮を余儀なくされながらも、一人前のカラーリストになるために日々研鑽を重ねている。

「プロの仕事を間近で見ると、当然ですが自分が今まで作ったスタイルはまだまだ課題があると感じます。今まではカラーの作品をあまり作ってこなかったので、これからはカラーリストとしてもっとカラーの作品を作っていきたいと思いますね」

美容学生時代にしておくべきこと

つい最近まで自分も美容学生だったからこそ、現役の美容学生に伝えたいメッセージがある。

「映画でもなんでもいいと思うのですが、色々なものを見た方がいいと思います。例えば作品を作るにしても、自分に色々な引き出しが必要になりますので」

他人と同じ経験しかなければ、他人と違う作品は作れない。他人と違う作品を作りたければ、他人がしていない様々な経験を積むしかない。

「読書でもいいと思うので、色々と経験して欲しいと思います。技術面に関しては、私も学生時代不器用でしたが、就職してからそのサロンで磨くことができるので、そんなに心配する必要はないと思います」

社会人として働くにあたり、学生時代の経験で蓄積された自分の引き出しに何度救われたか分からない。

「技術も大切ですが、学生の時は色々な経験を積んで自分の引き出しを増やした方が、サロンに就職した時に有利になると思います」

未来

この4月で、社会人2年目に突入した。ほんの一年前には美容学生だったことが信じられない。今はカラーリストとしてデビューするために、日々奮闘中だ。

「自分はまだ色々と吸収をしなければならない立場で、技術面でもさらなる向上が必要と思っています。自分の強みを見つけるのもいいと思いますが、自分としてはトータル的に全部できるというのを武器にしたいと思っています。何でも出来ると言ったら言い過ぎですが、何でも対応できるカラーリストになりたいと思います」

ヘアメイク総選挙での優勝や希望サロンへの就職と、目標は必ず達成してきた。渡部なら、その目標もきっと叶えるに違いない。最後に、ヘアメイク総選挙優勝経験者の立場から、コンテストで優勝するための秘訣を教えてもらった。

「コンテストで優勝するためには、目に見えるもの全てを意識した方がいいと思います。ヘアスタイルはもちろん、画角、モデルの表情、衣装など全てです。ヘアスタイルももちろん大切ですが、トータルで見た時に印象に残る作品を作るべきだと思いますね」

美容専門学生時代にヘアメイク総選挙で優勝して、志望サロンに就職。毎日が充実している渡部は、今まさに大きく羽ばたこうとしている。次に羽ばたくのは、今まさにこれを読んでいるあなたかもしれない。

STYLE LABが主催している「全国美容専門学生ヘアメイク総選挙」。歴代の入賞者は、現在どのような人生を歩んでいるのか?今回は、第3回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙で見事1位を獲得した、渡部珠生の現在地に迫る。(敬称略)

初めてのコンテスト

充実した学生生活を送っていた渡部だったが、2年生の時に初めてコンテンストに応募した。第3回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙に作品を応募したところ、思わぬ結末が待っていた。

「あれは初めて応募したコンテストでした。当時は作品撮りをしていたものの、それをコンテストに出すという機会がありませんでした。友達や学校の先生からヘアメイク総選挙のことを聞いて、応募してみようと思ったのがきっかけですね」

賞を取るためにはどうしたらいいのかを自分なりに考えた。

「当時のコンテストのテーマは「日本イケ男」という、メンズの作品がテーマでした。男性のカッコよさを引き出すというのが、自分の中で新鮮で楽しかったですね」

自分の理想のイメージを形にするために、すべて自分で考えて作品を作り上げた。初めてのコンテストだったが、最初から入賞することを狙っていた。

「モデルの男性に合うスタイルだったりだとか、自分が考える映画のワンシーンに出てくるような感じをイメージして作りました。角度とかもすべて自分で決めてという感じでした」

自信

メンズの作品がテーマだったということもあり、応募者のほとんどが男子学生だった。そんな中で、渡部の作品は見事1位を獲得した。その作品は、審査員のエザキヨシタカ(grico代表)と西森友弥(MR.BROTHERS CUT CLUB代表)の両氏も驚くほどの圧倒的なクオリティだった。

「予選を通過したことは知っていたので、順々に結果発表されていく瞬間は本当にドキドキしましたね。最後1位しか残ってないのに、自分の名前がまだなかったので・・・」

もちろん出場するからには入賞を目指してはいたが、まさか優勝するとは思っていなかった。

「優勝した時はほんとうに嬉しかったです。優勝賞金の10万円は全て美容関係に使ってしまいました(笑)。ずっと使えるメイクの道具とかたくさん買いました」

しかし、渡部の快進撃はこれで終わらなかった。なんと、続く第4回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙で応募した作品が、審査員であるサトーマリ特別賞(siika NIKAI ディレクター)に選ばれたのだ。2大会連続の受賞は、渡部に大きな自信を植え付けた。

「周りはかなりびっくりしていました。自分はかなり不器用な方だったので、先生もすごく驚いていましたね」

就職活動

楽しかった美容専門学校での生活も2年生の秋になり、やがて就職活動の時期に差し掛かった。社会人への扉を開ける瞬間が目の前に迫っていた。

「自分は父のお店で髪の毛を切ってもらっていたので、他の美容室というか有名サロンをほとんど知りませんでした。なので、自分で調べたり学校の友達などから色々と情報を集めていました」

様々なサロンの情報を集めていくうちに、渡部はあるサロンに興味を惹かれた。それが、今まさに働いている「kakimoto arms」だった。当時は、自分が気になる様々なサロンに実際に足を運び、サロンの雰囲気を確かめた。そして、自分にはここしかないと思った。

「kakimoto arms に入社するにあたって、技術の試験はなかったのですが、面接が3回あったのでその対策はしましたね。人間性や人柄を見られていると思ったので、入社したいという自分の気持ちを素直に伝える事に専念しました」

kakimoto arms で働くことしか頭になかったため、他のサロンは受けなかった。そして、3回の面接をクリアして、ついに念願のkakimoto armsで働く切符を勝ち取った。

続く

STYLE LABが主催している「全国美容専門学生ヘアメイク総選挙」。歴代の入賞者は、現在どのような人生を歩んでいるのか?今回は、第3回全国美容専門学生ヘアメイク総選挙で見事1位を獲得した、渡部珠生の現在地に迫る。(敬称略)

渋谷生まれ渋谷育ち

渡部は東京都渋谷区の出身。都会のど真ん中で生まれ育った。

「小学生の時から空手と野球をやっていました。50人くらいの少年野球のチームに、私一人だけ女の子がいるみたいな感じでした(笑)」

現在の華奢な見た目からは想像できないが、小学生の時からスポーツに熱中していた。

「習い事やスポーツは全て、自分から親にやらせて欲しいと頼んで始めました。空手教室の電話番号メモって、親に電話してもらったりして・・・」

自宅近くの高校に入学した後も、空手は続けた。

「部活には入ってなくて、空手に専念していました。ただ、当時は美容に興味を持ち始めていたので、空手より美容という感じでした」

美容師

通っていた高校の同級生の存在が、美容への興味に拍車をかけた。

「高校に芸能コースがあり、芸能活動をしている生徒がたくさんいました。かなり刺激を受けましたね。自分も美容に携わって綺麗になりたいと思い、高校を卒業したら美容専門学校に行こうと思いました」

美容に興味を持ち始めてから、美容師になると決めるまでに時間はかからなかった。

「自分が美容の道に進もうか悩んでいるときに、両親から「美容師が向いていると思うよ」と背中を押してもらったこともあり、美容師になろうと思いました」

現役の美容師でもあり父親からの言葉は、心強かった。高校を卒業した渡部は、日本美容専門学校に入学した。

「自宅から少し遠かったのですが、クリエイティブ寄りで髪の毛も自由だったので、いいなと思っていました。在校生の先輩に話を聞いたところ、先生も素晴らしく、国家試験にも力を入れているという点で日美に決めました」

美容専門学校

高田馬場にある日美は、渡部の自宅から電車で30分。新しい生活がスタートした。

「私はどちらかというと不器用な方だったので、技術面で何でもできますというタイプではありませんでした。ただ、作品を作ったり自分のイメージを膨らませて何かをするというのが好きだったので、常にヘアスタイルやメイクの似合わせだとかを考えていましたね」

DEAN&DELUCAのカフェでバイトしながら、充実した生活を送っていた。

「自分は東京出身ですが、日美には地方から来ている様々な生徒がいて、みんなそれぞれ異なる感性を持っていました。そんな環境で毎日刺激を受けていたので、とても面白かったですね」

他の生徒と話すだけで自分の感性が刺激される。日美はまさに理想の環境だった。

「2年間はあっという間でしたね。本当に充実していました。国家試験に向けての猛練習をしてると、自分の目標が明確になってきました。美容師になりたいという気持ちも、徐々に強くなってきましたね」

続く